◆カシワ林に鹿が啼く

 この話は’99年ではなく’98年の出来事です。

 岡山、兵庫の県境付近は標高500Mから1000Mの山々が連なり、人口密度はかなり低いです。広葉樹林は少なく、杉を主とした、針葉樹の人工林が広がっています。また、この一帯はたいへん鹿が多いところで、1日出歩けば必ず鹿の姿を見ることができます。鹿は杉の幼木の新芽を食べるらしく、いろいろなところに、鹿よけネットが張られています。

 1998年5月の末頃のことです。針葉樹の海にわずかに残ったカシワ林に、ハヤシミドリの幼虫を探していたところ、遠くで何やら動くものが目に入りました。何だろう、と近づいてみると、ネットに鹿が頭を突っ込んで、動けなくなり、もがき苦しんでいるではありませんか!これはかわいそうだ、助けてあげよう!と慈悲の心を持ってさらに近づいてみました。ところが、鹿にとっては、人間が近づいてくるものだから、もうパニックです。うめき声をあげるわ、暴れまわるわ、で、とても助けられる状況ではありません。野生動物の迫力はすごい!動物園の鹿とは、まったく別の生き物です。こちらの身の危険さえ感じます。てなわけで、どうすることも出来ず、さっさと帰ることにしました。帰り道に出会った地元の方に、報告だけはしておきました。

 その後、この鹿がどうなったか解りません。たぶん、ひとの胃袋におさまったような気もします。一月後にこの場所に行ったときには、鹿が暴れまわっていたところの草は薄く、初夏の風にゆれていました。


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