◆血尿の向こうのキリシマの輝き

はずかしながら2000年一番ショックだった出来事を告白いたします。5月のおわりに、毎年恒例の半日人間ドックに入りまして、頭や顔や性格の他にどこか悪いところがないか検査をしました。1週間後に郵送されてきた診断結果票に、「血液検査、潜血3+」「腹部エコー、左腎臓腫れ」、「再精密検査を要す」とあるではありませんか!その時は「まずいなあ〜」思いつつ、すでに始まったヒメヒカゲの定点観察、これから始まるゼフ、そのあとのウスイロヒョウモンモドキの生息地調査、と超多忙が予想されるこの2ヶ月は、家族サービスはまったくやらない、ひたすら自己中(私の場合は“中”ではなく“虫”です)で、睡眠時間を削ってでもフィールドにでなければ、という強い使命感の前に、自覚症状がないのをいいことにすっかり忘れてしまいました。いや、忘れたのは、最近アルツハイマーぎみなのでそのせいかもしれません。とにもかくにも、この嵐のような2ヶ月間をのりきって一段落した7月20日に急に思い出し、職場近くの総合病院の泌尿器科をたずねることにしたのでした。泌尿器科恒例のまずは尿検査です。待たされているあいだは明日から始まる東北遠征にこころはルンルンでした。「○○さ〜ん、診察室にお入りくださーい」と明るい看護婦どのの声が冷たい廊下に響きます。私の番がきて、恐る恐る診察室に入りますと、担当医のO医師、「よくないね!前立腺も炎症をおこしているようだし、血も混じってる。レントゲンでも見てみるか」といった調子で、すぐX線撮影です。私も撮影が趣味ですので写真を見るのは大好きですが、あれはよくありません。カラーでないし、ボッーとしか写らないのは当然ですが、被写体がチョウはチョウでも蝶ではなく腸や腎臓や膀胱なのがイヤなのです。O先生、写真を見ながらおっしゃったことを忠実に再現しますと、「これはあかん!左の腎臓死にかけとーがな!これ見てみい、これ!」と彼が指差した先に腎臓と膀胱のあいだになにやら白いものがぼんやり映っていました。「これ石や!ごっついなあ、2センチはあるで、2センチいうたら1円玉の直径やで、こんなもんあったらおしっこなんか流れるわけあれへん!すぐ入院や!いやちょっとまて、この病院には石割る機械あれへんし・・・そや!紹介状書いたるからH病院へ行き!けどよかったなあー、いまのうちに気が付いて、痛いか?えっ、痛たないって!ふーん、まあええわ、すぐ行くんやで!」と神戸弁でまくしたてられたのでありました。さすがの私もガーン、ご指示の通りH病院に直行し事情を説明したところ、こちらのM先生も写真を見るなり、「あーあ、ありますね。ハッハッハッ、休み明けの月曜日から入院です。10時にきてください。」とあっけらかんとおっしゃるではありませんか。ここまでスケジュールを決められたら従わざるを得ません。「わかりました。ところで入院期間はどれくらいでしょうか?」と私。M先生「長くて一週間です。内視鏡と体外からの衝撃波による破砕ですから心配ありません。ハッハッハッ」高らかな笑声を耳に残しながらH病院をあとにしたのでありました。M先生に、あえて大事なことを相談せずに。そうなんです。明日から5年に1度の社内旅行で東北地方に遠征し、合間に網を振りまわそうかと考えていたので、へんに相談して、行っちゃダメなんか言われた日にはショックですので、あえて何も言わないことにしました。

 酒もたらふく飲んで、ジョウザンミドリやヒメシジミの写真もたっぷり撮った東北遠征も無事おわり、意気揚揚と、というのはウソで、不安におののきながら神妙な気持ちで寝巻き(パジャマではない)や歯ブラシやスリッパを携えて、病院の門をくぐったのでありました。あれよあれよとベッドに案内されて落ち着く間もなく、1時間後の11時に「はーい、これから手術です。行きましょうか!」と看護婦どの。「えっー、こ、これからですか?」まだ心の準備ができていない私は抵抗することも出来ずベッドにのせられ手術室に向かったのでありました。

 映倫のクレームが心配なので、これから起こったことを正確にご報告することは出来ません。要点のみいくつか披露しますと、妊婦さんが出産時にのせられる両又開きのベッドにくくりつけられたこと、内視鏡を局部から入れるときにルートを直線に伸ばす必要があるらしく、けっして大きくないMy sonをうら若き看護婦どのに思いっきり引っ張られたこと。う〜ん、ぼくもうお婿にいけない!これがトラウマになったらどうしてくれるの!あっという間に手術もおわり、麻酔が覚める12時間はまんじりともせず、ひたすら時が過ぎるのを待ちました。翌日回診にこられたM先生、「はい明日退院です。よかったですね」「まだ血尿も出ますけれどいいんですか?」と私は口では言いながら、“3日で退院したら5日目から有効になる明治生命の入院特約給付請求はどうなるの?もう2日居らしてくれ!”と心の中で叫びながら、でも元来気が弱い私は言い出すことできません。まだ血尿がいっぱい出るというのに結局3日間で追い出されました。会社には一週間の休暇を申請していたのでおとなしく自宅療養するつもりでしたが、自宅に2日もいるとムズムズしてきまして、ついにキリシマのあの輝きの誘惑に負けてしまい、鈴鹿にくるまを走らせてしまったのでありました。もちろん血尿は依然として止まなかったことはいうまでもありません。みなさま、自分の体は自分で守りましょう!ご自愛くださいませ。


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